blackcatこと鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 国鉄夜話

国鉄時代の写真並びに時刻表などを中心にアップさせていただきます。 国鉄に関する資料等も順次アップさせていただきます。 取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に blackcat.kat@gmail.comにメール またはメッセージ、コメントにて お待ちしております。

タグ:583系

はつかり号は、常磐線?東北本線?
はつかり号と言う言葉を聞いて、青森行きの特急であったという答えはすぐ返ってくるのですが
さて、東北本線経由それと常磐線ですかと質問されるとどうでしょう?

実は、私も「はつかり」と聞くと東北本線のイメージが強くて、常磐線の特急は、「みちのく」では?と言う方も多いのでは?

実際には、非電化時代は、「はつかり」は常磐線経由でしたが、これは東北線よりも勾配区間が少なく、時間的に有利であったため、「はつかり」は常磐線経由になっていたそうです。
はつかり号は、キハ81時代は常磐線経由だった
はつかり号は、キハ81形を先頭とするボンネット車で誕生、上野~青森間を10時間43分で結んでおり、上野を13:15に出発、青森へは23:58に到着、00:20 青森発の11便と接続、4:50 函館着で、5:10急行石狩【札幌行・千歳線・室蘭線経由】、5:30急行大雪【旭川行き・函館本線経由】と接続していました。
s3503

時刻は、昭和35年3月の時刻表を参照

ヨンサントウで特急はつかりは2往復に増発の上電車化、東北本線経由に

昭和43年10月改正で、はつかりは晴れて電車化、東北線の代表特急へ成長します、その後は東北新幹線が、盛岡まで開業するまでの間、東北路の顔として活躍していました。
昭和43年10月改正の時刻は下記の通り
s431002

ちなみに、特急「みちのく」が運転を開始するのは、昭和47年3月の改正で臨時特急として運転を開始しています。

583系はつかりが常磐線を走った?

実は、「はつかり」号ですが、東北本線で走り出す前に約1ヶ月間常磐線を走行していました。
にわかに信じがたいかと思うのですが、鉄道ファン、通算90号 昭和43年12月号のニュース欄に、常磐線に9月から一足先に常磐線の「はつかり」電車に置き換えられたという記事が書かれています。
当時の鉄道ファンの記事
img540
解説では、三河島付近を走る「はつかり」と書かれています。


まぁ、正式開業前に置き換えて運転士の習熟を図ることは良くある話ですが、運転区間が常磐線→東北本線に変わるのに、常磐線で、気動車ダイヤのままで、583系に置き換えたというのは正直驚きです。
昭和43年9月時刻表はこちら
s4309

時刻表一つ取っても色々調べて見ると面白いことが見つかりそうです。


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みなさまこんばんは、本日は大阪駅を発着した夜行列車(特に山陽本線)を中心に見て行こうと思います。
昭和47年、新幹線は岡山まで延伸したとはいえ、大阪から発着する夜行列車は多く、彗星・あかつきが、夕刻から次々と西下して行ったものでした。
この当時は、関西ブルトレもヘッドマークを掲出しており、EF58が20系客車を引く姿はひときわ絵になったものでした。

2016-11-07_47

早速当時の時刻表を紐解いてみましょう。img260
ちょっと見えにくいのですが、17:22京都発の、急行雲仙2号 長崎行き(季節列車)から夜行列車の時間帯になり、定期列車としては、新大阪18:28発の「あかつき1号」から夜行タイムです。

この時刻表を見ていますと、18:28 新大阪始発の「あかつき1号」西鹿児島・長崎行き、さらに、その4分後の18:32には熊本行きの「あかつき」2号が運転されています。

特筆すべきは、「あかつき1号」は「はやぶさ」と車両を共用していたため、大阪発着の寝台特急では最後まで20系で残った列車で、夕方西下する20系「あかつき」は「あかつき」と書かれた淡い朱に浮かび上がる あかつき の文字が印象的でした。
次発の、「あかつき2号」は、14系客車による運転でした。

あかつき1号の8分後には同じく臨時列車で屋久島2号が運転されています。
実は、屋久島1号は15:05に大阪駅を出発する急行列車でした。

その後、あかつき2号の補完列車として雲仙3号が18:50新大阪を出発、
さらにその8分後には、寝台特急電車の明星1号が熊本まで運転されています。

19:32には、日豊本線方面に向かう彗星1号が都城行きとして運転しています。
img261

19:58には、再び熊本行きの明星2号が運転されています。
また、大阪始発ですが、日豊本線の宮崎行き列車として、「日南2号」
さらに、大阪駅 20:36には京都始発の「きりしま」寝台電車「西鹿児島」行きが運転されています。
更に、その30分後には再び「あかつき3号」が西鹿児島・佐世保行きが運転され、さらに30分後には同じく「あかつき4号」が熊本・長崎行きとして運転、更に30分後には、電車特急明星3号博多行きが・・・

ということで、関西始発の九州行き寝台特急は。「あかつき」「彗星」「明星」「きりしま」と4種類があり、客車列車で鹿児島本線経由は「あかつき」日豊本線経由は「彗星」さらに電車寝台は「明星」、何故か「きりしま」だけがこれまた単独で電車特急寝台として運転されていました。
img262

最後に、当時の主な列車の編成表を掲載させてもらいます。
img263

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3


昭和57年は、貨物列車にとっては大幅にその本数を減らすと言う国鉄始まって以来の減量ダイヤ改正が行われました。
また、旅客列車なども減少し、機関車の余剰が目立ったほか、東北新幹線の開業により、寝台列車も減少し、581(583)系の余剰が目立つようになってきました。
九州特急では、25形寝台などの置換えもあって、583系に余剰が発生、元々寝台車から座席への転換並びに整備に4時間近くかかることから、電車の始発着が早朝・深夜にならざるを得ず、上手い具合に往復できるところが無くなってきたこと。
さらに、581・583系は昼夜兼行で走っていたことから電気機器の更新を昭和50年過ぎに行っていたこともあり、廃車するわけにもいかず、かつ国鉄財政の悪化は待ったなしの状況の中、生まれたのがこの419系&715系でした。

直流電車に交流機器を加えたものが485系や583系であり、JR西日本になってから誕生した、415系800番台は、その逆のパターンで、113系に交流機器を取り付けたものでした。

715系は、交直流切替器、空気遮断器(ABB:Air Blast Breaker)を撤去したものであり電気的には直流電車に変電所を持たせたものが715系であり、現在の交流電車とは制御方法が異なります。

この辺のお話は、また別に機会に書かせて別の技術ブログで書かせていただきます。

「ゆうづる」減便の件は誤りでる旨をご指摘いただき修正させていただきました。訂正の上謹んでお詫び申し上げます。

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419系

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419系の車内 デッキが撤去されドアが増設されている。
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モハ車は運転台のみ新規に製造してブロック工法で取り付けられている。
ファンの間では、食パン顔と呼ばれて親しまれました。

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京都の鉄道博物館に保存されている581系電車がデビューしたのは昭和42年10月
当時、世界初の昼夜兼行電車として誕生しました。
新幹線連絡&夜行列車をイメージした、クリームと青色の塗装は秀逸でした。img229

今回は、昭和42年のダイヤ改正で誕生した581系電車月光を取り上げてみようと思います。
寝台電車月光は、大阪~博多間の列車に充当され、特急みどり(大阪~大分)間の列車とペアで運用されていました。

キャプチャ


img234

img233

img235

581系電車の特徴として、座席に変換できることが挙げられますが、非常にその仕組みは複雑で車両基地で座席に変更する形になっていましたね。
とくに、運用時間を確保するために、夜行列車の始終着駅での時間が偏っていました。

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