blackcatこと鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 国鉄夜話

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タグ:戦後

戦後の引揚げ列車の象徴駅 南風崎駅

大村線に南風崎駅という小駅がありますが、ここが戦後しばらくは、本国への帰還者を受け入れる駅として非常に重要な役割を果たしました。
ここからは、臨時列車を含めて3往復もの東京行き(1本は上野行き)列車が設定されていました。
終戦後、引揚げ事業に関しては、当初は各省庁がバラバラに行っていたので、それをGHQの指示により、一本化されたそうで、厚生省の外局として、引揚げ援護局が全国で18箇所設置されました。
戦前、海軍の病院があった、浦頭と言う港に帰還船は着岸し、ここで、検疫を受けた後、約5kmの道のりを歩いて、南風崎駅に向かったそうです。
キャプチャ

駅から出ていた列車は、3本
引揚げ列車時刻表

上記は、昭和22年6月号(復刻版)の時刻表から引用したものです、普通列車ではありますが夜間帯などでは当然のことながら通過する駅もあるのですが、各主要駅での停車時間が長いところもあり、大阪~東京間が14時間、大阪までで概ね24時間程かかっているのがごらんいただけるかと思います。
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この列車、一部を画像加工させてもらっているのですが。
佐世保行きという列車、本来なら長崎・佐世保であっても不思議ではないというか、長崎に何故行かないのかという疑問を持たれるのではないでしょうか。
キャプチャ
 1001列車、東京~大阪間には3等車が連結されていますがそれ以外の区間は3等は連結されないようです。
実はこの列車特殊列車と呼ばれるもので、当時の時刻表の解説に

特殊列車 東海道線方面1001,1002,1005,1006列車 、東北方面1201,1202列車の1.2等急行券は発売枚数に制限があり、また発売駅は限定されております。
と明記されています。
日本人でありながら日本の鉄道に乗れないという矛盾がある列車、それが特殊列車でした。 

キャプチャv
 
当時の特殊列車の編成
西海は3等を連結した(実際は大阪で車両の大半を入替)する列車であったのに対して、早鞆は1・2等のみという豪華列車となっています。
ちなみに、特殊列車という名称から正式に 愛称がつけられたのは昭和29年10月の改正でした。
それまでは、特殊列車といういかにも特別な怪しい?列車だったわけです。
あいにく、29年10月の時刻表が無いので、昭和30年7月の時刻表をご覧いただこうと思います。

img331

昭和30年時刻表の西海

 img332
同じく、特殊列車の流れを汲む「早鞆」

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