blackcatこと鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 国鉄夜話

国鉄時代の写真並びに時刻表などを中心にアップさせていただきます。 国鉄に関する資料等も順次アップさせていただきます。 取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に blackcat.kat@gmail.comにメール またはメッセージ、コメントにて お待ちしております。

タグ:函館本線



皆様、久々に投稿させていただきます。
本日は、昭和45年10月の時刻表から函館本線をアップしてみたいと思います。
青函トンネルもなく、新幹線も東京~大阪間しか走っていない時期では、北海道までの旅は、細則でも17時間強かかりました。
当時の時刻表を見ますと、上野を15:40に出発した特急「はつかり3号」で青森0:10、青函連絡船に20分の連絡で、0:30出航で4:20函館着、函館線経由の特急「おおぞら1号」で札幌着が9:00でした。
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東北本線、15:40に上野駅を出た「はつかり」は0:30に青森に到着、そこから連絡船に乗り換えて4:20に函館着のダイヤでした。
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全区間急行列車になると、上野は12:10発の急行十和田で、青森23:40、青函連絡船が0:50に乗車したとして、「急行ニセコ1号」の出発が、函館5:05、終着札幌には10:06ですので22時間近くかかったことになります。
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当時のはつかり号はクハネ583を両端に持ってきた583系電車であり、当時の編成を見ますとグリーン車が2号車に連結されており、極力歩かなくとも乗車できるように配慮されていたようです。

さらに、北海道では特急「おおぞら1号」・「北海」が5分の時間差で函館駅を発車していくダイヤになっていました。何れもキハ82を先頭とする80系気動車で運転されていましたが、おおぞら1号は、札幌で3両切り離すとはいえ、グリーン車が2両と食堂車の同道3両編成、北海はグリーン車1両・食堂車1両を連結した7両編成で運転されていました。
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室蘭線・千歳線経由のあおぞら1号、堂々の13両編成

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函館本線【通称山線経由】は7連の基本編成


さて、そこで同じパターンで急行列車はどうだったのでしょうか?
急行十和田1号は12両編成の座席車だけの輸送力列車で中間7号車に食堂車、6号車にグリーン車が連結されていました。
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急行十和田編成

さて、北海道で有名であった急行ニセコ号ですが、函館発のニセコ1号は、キハ56・キハ27による気動車急行であり、C62重連の急行列車としても全国的に有名だったニセコ1・3号は(函館発は3号)でした。

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日本国有鉄道研究家・国鉄があった時代
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国鉄最後のダイヤ改正は何時だったか覚えていますか?
昭和61年(1986年)10月のダイヤ改正でした。
国鉄としては最後のダイヤ改正であり、JRとしても最初のダイヤと言うことになります。

国鉄改革の場合他の公社(電電公社や専売公社)と異なり、組織を分割してなおかつ、職員の振り分けも並行して行うという他の公社と異なる部分がありました。
詳細はまた別の機会に詳しく書かせていただきますが、会社を分割することになるので会社ごとの資産分が行うことになります。
例えば機関区の場合、当該機関区が貨物だけとか、旅客会社だけと完全に分離で来ている場合は問題ないのですが、そうでない場合は使用する面積などに応じてその案分割合を決めるもしくは分離できない場合は共用スペースとして面積等に応じて費用分担額を決めるなんてことも行い、各会社の資産を決める必要がありました。 

他にも職員の人選と言うことで、下記のような資料に基づき調書が作られて最終的に新会社が採用者を決めるなどのことも行われたそうです。 
 http://jnrera.webcrow.jp/potal_shiryou/kaikaku/kanrichousho.html
 
さて、そろそろ本題に入ろうと思います。
どこを引っ張っても良いので適当に開いてみたページからアップさせていただこうと思います。
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 昭和61年函館本線 長万部~札幌~旭川間の時刻表
昭和62年4月1日以降も、国鉄のダイヤをそのまま踏襲する形で新生JRは走り続けることとなり、一足早くJRに対応したダイヤ?もしくはJRのダイヤ自体は翌年の青函トンネル開通並びに、備讃瀬戸大橋開通までお預けになたっと言うべきでしょうか。
いずれにしても、昭和63年には日本列島一本列島のキャッチフレーズで大幅なダイヤ改正が行われたのはご存じのとおりです。
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