「あすか」と言えば一般の方は、奈良県の、飛鳥地方又は飛鳥時代というイメージを持たれる方も多いかと思います。
何れにしても奈良県と関わりの深い名前と言えそうです。
鉄道ファン的には、お座敷客車の「あすか」とか、我々くらいの年代であれば、短命特急の「あすか」を連想する方も多いかと思います。
実際、特急「あすか」は、特急「くろしお」の間合い運用というか、回送を兼ねたような列車で、配置区が和歌山機関区であったことから、早朝(朝7:00)に和歌山駅を出発、堺市から(より正確には杉本町から分岐していた貨物線を使って関西線の久宝寺に入り、そのまま名古屋まで走っていました。名古屋到着後、紀勢本線を下って天王寺まで戻ってくるもので、その後回送され和歌山機関区に入庫するのは22時半頃になるものダイヤでした。同じように、朝に天王寺に回送されるくろしおも同様で、天王寺を9時に出発、名古屋到着後すぐに折り返しで上記と逆にルートで、堺市から阪和線を下って22:30頃に和歌山に戻るダイヤでした。何れにしても早朝7時過ぎには再び出場するわけで、かなり効率的に言い方を変えればハードな運用についていました。
さて、そんなあすかという名称ですが、今回ご紹介するのは昭和48年10月の時刻表で見かけた快速列車の名称です。
さて、そんなあすかという名称ですが、今回ご紹介するのは昭和48年10月の時刻表で見かけた快速列車の名称です。
この列車臨時列車として運転されていたようですが、現在手元にある時刻表で見る限りでは、昭和48年9月、49年2月、49年5月、49年10月では運転されていません。
ちなみに、昭和48年の時刻表を参照しますと以下のようになっていました。
京都~(奈良)笠置に向かう臨時列車で、気動車で三往復運転されています。指定席などは無かったようですが、三往復とも同じ「あすか」の愛称がつけられていました。
運用等は以下の図の通りです。
ただ、後にも先にも快速「あすか」という名称は出てきません。
写真を参考に作成してみました。
快速あすかのヘッドマーク
快速あすかのヘッドマーク