blackcatこと鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 国鉄夜話

国鉄時代の写真並びに時刻表などを中心にアップさせていただきます。 国鉄に関する資料等も順次アップさせていただきます。 取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に blackcat.kat@gmail.comにメール またはメッセージ、コメントにて お待ちしております。

2018年11月

日本万国博覧会は、約7割が鉄道を利用すると予測されていました。大阪市営地下鉄を延長して万博会場までの路線を建設することを計画しましたが、大阪市営地下鉄が吹田市まで延長することに批判も多く、最終的に阪急と大阪府、関西財界などが出資した第3セクター鉄道として開業することになりました。
この辺は、多くの本で既に書かれていますので、ご存じの方も多いかと思います。

今回は、1970年の時刻表を参考に、「エキスポこだまと新幹線」
というタイトルで書かせていただこうと思います。
新幹線初の夜行列車?
エキスポこだま・・・既に御存じの方も多いかと思いますが、上り列車だけ運転された夜行列車で、大阪~三島間に運転されていました。
実は、この列車3月の時刻表では設定されていませんでした。
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3月発行の時刻表【復刻版から】

恐らく、国鉄もこれ程利用者が増えると予測していなかった節があります。
急激に増えた観客輸送
当時の夜行列車は、広島発の安芸。姫路始発の銀河2号、大阪始発の銀河1号で大阪からの旅客を受けることとし、それ以外に銀河全車座席指定の銀河51号・52号、団体枠で銀河71号(団体枠で満員の可能性がありますと言う表記付】が運転されていましたが、7月前後から万博の輸送は急激に増え始めたそうで、国鉄としても看過することはできなくなりました。

早駆けの新幹線と門限破りの新幹線

そこで、新幹線の早朝運転と、深夜運転、さらには、「エキスポこだま」とい珍列車を設定しました。
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昭和45年6月22日改訂の時刻表

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昭和45年7月、蒸気時刻表の拡大

新幹線はその開業以来、上下線とも6:00始発を守っていました、これは現在も基本的には変わっていないのですが、6月22日のダイヤ改訂で、5:40発東京行き、ひかり332号が設定され、東京駅に8:50に到着する列車が(8月17日→8月21日)運転されるようになりました。さらに、少し左側をみますと、今回のお話の「急行エキスポこだま」なる列車が載っています・・・。

どんなダイヤだったのか?

三島駅を7:05に出発する列車で、東京駅には8:10に到着。
この列車の乗客であれば、比較的会社から近いところであれば万博を見て~出勤なんて事も可能だったかもしれないですね。


これは、前年に完成した三島駅の電留線を活用することで可能となりました。
元々、三島の電留線は、熱海駅までの需要があり、その列車を以前は静岡まで回送させていたのですが、76キロメートルも回送するのは経済的では無いため、三島に電留線を設けるとともに、駅を設置したことが始まりであり、熱海から16 kmしかないことは異例といえば異例でしたが、エキスポこだまは、この施設をうまく活用して、在来線の夜行列車が8:00~9:30の間長距離列車は到着できないという問題を軽々とクリアしたのでした。
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なお、この列車に関しては、新幹線の案内の中で下記のように記されていました。
大阪~三島間を在来線、三島~東京間を新幹線で結ぶ「エキスポこだま」が運転されます、【大阪発7月3日~9月13日まで運転、大阪発 22:58、東京着 8:10)この列車は特急・急行料金、指定席料金がそれぞれ特別割引になっています。
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当時の万博案内

他にも、新大阪始発の最終列車が、新大阪 21:10、東京に0:20に到着する、ひかり326号が設定されていました。 
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民族大移動と言われた、万国博覧会でしたが、今から振り返ると国鉄も魅力的な列車が多数運転されていたことが窺えます。

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 昭和45年3月改正の時刻表
昭和45年、平成生まれの人では昭和の年号などと言われても正直困惑する人も多いと思いますが、1970年と言えば何となく判っていただけるでしょうか。
EXPO'70と言う名称で、大阪府吹田市の千里丘丘陵で、3月15日から9月13日までの183日間開催されました。
1280px-Osaka_Expo'70_Kodak+Ricoh_Pavilion

Wikipediaを参照しますと、  
アジア初かつ日本で最初の国際博覧会(General category:一般博、現・登録博)であり、当時史上最大の規模を誇った。
と書かれています。

実際に、
総入場者数:64,218,770人(うち外国人 約170万人)
目標入場者数:3,000万人(その後5,000万人に上方修正)
参加国数:77か国4国際機関
ということで、その規模は大変なものであり、国鉄も旅客輸送に12系客車を増備したほか、新幹線を増発するなどの準備がなされました。
当時の記録などを参照しますと、万国博の入場者は、当初、出足は鈍かったそうですが、春先から来訪者が増えて、夏場には後述するように、エキスポこだまなる臨時列車を走らせることとなりました。
また、「ひかり号」は、全列車16両編成に統一されていました。

半年間だけ存在した駅が時刻表に・・・。
  昭和45年の時刻表を見ますと、阪急の千里線には北千里の手前に、万国博西口駅が、北大阪急行では万国博中央口駅の文字を見ることができます。
阪急千里線に万博西口が、そして、万博中央口の駅名
今は、中央口の駅があったであろう付近は完全に中国道の下になっていますので、廃線跡ですってアップしたら、廃線ファンに叱られますね。苦笑
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万博中央口と万博西口の名称が
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阪急の方には、万国博西口の表示が

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何故か、北大阪急行の表示がありません、2月24日開業なんですけどね。


そして、エキスポこだまは当初の臨時列車としては設定されていませんでした。
そして、改めて昭和45年3月の時刻表【復刻版ですけれど】取り寄せて分かったことは、3月の時点では、エキスポこだまは設定されていなかったと言うこと。
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エキスポこだまって何? 
エキスポこだまは、静岡、6:47発のこだまの五分前に設定され、大阪を22:58に出発し、三島に6:53に到着する夜行列車に接続して、三島を7:05に出発して東京駅に8:10に到着するダイヤでした。
この列車が、3月の時点では設定されていないことが確認できました。

なお、昭和45年7月号の時刻表を取り寄せて言いますので、その時刻表であれば掲載されていると思われますので、改めてアップさせていただきます。

ということで、「エキスポこだま」は次回に
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