blackcatこと鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 国鉄夜話

国鉄時代の写真並びに時刻表などを中心にアップさせていただきます。 国鉄に関する資料等も順次アップさせていただきます。 取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に blackcat.kat@gmail.comにメール またはメッセージ、コメントにて お待ちしております。

2016年12月

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昭和57年は、貨物列車にとっては大幅にその本数を減らすと言う国鉄始まって以来の減量ダイヤ改正が行われました。
また、旅客列車なども減少し、機関車の余剰が目立ったほか、東北新幹線の開業により、寝台列車も減少し、581(583)系の余剰が目立つようになってきました。
九州特急では、25形寝台などの置換えもあって、583系に余剰が発生、元々寝台車から座席への転換並びに整備に4時間近くかかることから、電車の始発着が早朝・深夜にならざるを得ず、上手い具合に往復できるところが無くなってきたこと。
さらに、581・583系は昼夜兼行で走っていたことから電気機器の更新を昭和50年過ぎに行っていたこともあり、廃車するわけにもいかず、かつ国鉄財政の悪化は待ったなしの状況の中、生まれたのがこの419系&715系でした。

直流電車に交流機器を加えたものが485系や583系であり、JR西日本になってから誕生した、415系800番台は、その逆のパターンで、113系に交流機器を取り付けたものでした。

715系は、交直流切替器、空気遮断器(ABB:Air Blast Breaker)を撤去したものであり電気的には直流電車に変電所を持たせたものが715系であり、現在の交流電車とは制御方法が異なります。

この辺のお話は、また別に機会に書かせて別の技術ブログで書かせていただきます。

「ゆうづる」減便の件は誤りでる旨をご指摘いただき修正させていただきました。訂正の上謹んでお詫び申し上げます。

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419系

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419系の車内 デッキが撤去されドアが増設されている。
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モハ車は運転台のみ新規に製造してブロック工法で取り付けられている。
ファンの間では、食パン顔と呼ばれて親しまれました。

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京都の鉄道博物館に保存されている581系電車がデビューしたのは昭和42年10月
当時、世界初の昼夜兼行電車として誕生しました。
新幹線連絡&夜行列車をイメージした、クリームと青色の塗装は秀逸でした。img229

今回は、昭和42年のダイヤ改正で誕生した581系電車月光を取り上げてみようと思います。
寝台電車月光は、大阪~博多間の列車に充当され、特急みどり(大阪~大分)間の列車とペアで運用されていました。

キャプチャ


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581系電車の特徴として、座席に変換できることが挙げられますが、非常にその仕組みは複雑で車両基地で座席に変更する形になっていましたね。
とくに、運用時間を確保するために、夜行列車の始終着駅での時間が偏っていました。



DD51という機関車
国鉄を代表するディーゼル機関車ですが開発は非常に苦労したとのこと。
V型12気筒エンジンを両端に載せた凸型車体としたのは軸重軽減が大きな目的であったと言われています。
特に従台車の空気ばねで軸重を調整すること14t⇔15tと変更できるすぐれものでもありました。

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本日は、昭和31年の東海道線時刻表をアップさせていただきます。
昭和31年12月の時刻改正号です。
この頃からすでに荷物専用列車が運行されていたことに驚かされます。

「特急つばめ」の10分前に「特急さくら」が運転されています。等級の表示が無いですが3等特急だったのでしょう。
当時は、特急こだまが誕生する前ですのが、「特急あさかぜ」は一般客車で組成された編成で運転されています。

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「特急つばめ・はと」は、編成ごと転換していたので、進行方向から数えて1号車・2号車・・・・となっていましたが、「特急あさかぜ」は編成ごとの方向転換をしなかったので、博多駅で進行方向から数えて1号車・2号車・・・・となるように、号車札を入れ替えていました。
特急あさかぜ・・・東京始発の場合は、荷物車が1号車ですが、博多発ではネC(マロネフ29)が1号車になるように号車札を入れ替えていました。


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10分前を走る「特急さくら」停車駅も特急つばめと全く同じです。

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